設計の仕事には、「考える」という業務がとても多い。
プランを考える。
デザインを考える。
素材を考える。
ディテールを考える。
図面を描くこと自体は手を動かす作業だけれど、その前には必ず「どうするかを考える時間」がある。
そして、この仕事の難しいところは、ほとんどの場合、明確な正解がないことだと思う。
敷地や予算、法律、施主の要望といった条件はある。
でも、その条件を満たす答えはひとつではない。
そこで時々、「考えること」と「時間」の関係について考える。
たとえば住宅のプランを考えるとき。
30分くらいで「これだ」と思えるプランが浮かぶこともあれば、何日考えてもなかなかまとまらないこともある。
普通に考えれば、時間をかけた方がいいものができそうな気がする。
でも、実際はそうとも限らない。
30分で思いついた最初のプランが一番よくて、何日も考えた結果、結局そこに戻ってくることもある。
逆に、何日も悩んだからこそ、ようやく見つかる答えもある。
つまり、クリエイティブな仕事において、
「かけた時間」と「出来上がったものの価値」は、必ずしも比例しない。
ここが面白くもあり、難しいところだと思う。
では、お金は何に対して支払われているのか
30分で考えたプランと、3日間考えたプラン。
施主様からいただく設計料は、基本的には変わらない。
そもそも施主様にとって、そのプランを30分で考えたのか、3日かけて考えたのかは分からない。
そして本来、それはあまり重要ではない。
大切なのは、出来上がったものがその人にとって良いものであるかどうかだ。
そう考えると、設計料は「かかった時間」に対して支払われているというより、
これまで積み重ねてきた経験や知識、技術、そして最終的に生み出されたものに対して支払われていると考えている。
30分で出てきたアイデアも、本当は30分で生まれたわけではない。
その背景には、これまで見てきた建築や、描いてきた図面、失敗した経験、現場で考えてきたことがある。
何年も積み重ねてきたものが、ある瞬間に30分で形になっただけとも言える。
これはスタッフの仕事でも同じ
会社を経営していると、もうひとつ難しい問題が出てくる。
同じ仕事をお願いしたときに、
1時間でアイデアを出せる人もいれば、3時間かかる人もいる。
もちろん、3時間考えた人のアイデアの方が優れていることもある。
だから、単純に速ければいいわけではない。
ただ、仮に最終的に出てきたものの質がまったく同じだったとする。
会社から見れば、1時間でそこに辿り着いた人の方が生産性は高い。
ところが、時間を基準にお金を考えると、不思議なことが起きる。
3時間かかった人の方が、労働時間は長い。
時給という考え方で見れば、会社が支払う対価も大きくなる。
つまり、
同じ成果なら、効率よく仕事をした人の方が会社にとって価値を生んでいるのに、「時間」で評価すると逆転することがある。
残業についても同じことを感じる
これは残業について考えると、さらに分かりやすい。
同じ量の仕事を、
Aさんは8時間で終わらせた。
Bさんは10時間かかった。
成果物の質が同じだったとすれば、会社としてはAさんの方が生産性は高い。
でも給与だけを見ると、残業代がつくBさんの方が多くのお金を受け取ることになる。
もちろん、これは残業代が悪いという話ではない。
働いた時間に対して適切な対価を支払うことは当然必要だ。
ただ、経営する側から見ると、
「長く働いたこと」と「価値を生み出したこと」は、本当に同じなのだろうか。
という疑問が残る。
特に設計のような仕事では、その違和感が大きい。
時間を評価するのか、成果を評価するのか
単純作業であれば、ある程度は時間と成果が比例する。
でも、クリエイティブな仕事はそうではない。
1時間考えれば1案、3時間考えれば3案分の価値が生まれるわけではない。
むしろ経験を積むほど、短い時間で本質に辿り着けるようになることもある。
そう考えると、経験を積んで仕事が速くなった人ほど、時間だけで評価すると損をするという矛盾も生まれる。
本来は逆のはずだ。
10時間かかっていた仕事を5時間でできるようになったのなら、その人の価値は下がったのではなく、上がっている。
設計事務所のような会社を経営していると、この「時間」と「価値」をどう扱うかは、とても難しい。
すべてを成果主義にすればいいとも思わない。
アイデアの価値なんて、簡単に数字では測れないからだ。
じっくり考える時間が必要な仕事もあるし、一見何もしていないように見える時間から、良いアイデアが生まれることもある。
だからこそ、
「何時間働いたか」だけでもなく、
「何枚図面を描いたか」だけでもなく、
「どれだけ早かったか」だけでもない。
その人が限られた時間の中で、どんな価値を生み出したのか。
そこをどう評価するのかが大切なんだと思う。
「時間をかけたから価値がある」
という単純なものではないことだけは、設計の仕事を続けるほど強く感じるようになった。